移住者情報Migrant information
船が到着する江の浦港から10分ほど歩いた、小さな川が流れるそばに一軒の家があります。
玄関の脇に立てかけられた木の看板には、まるで音楽を奏でているような文字で「廣瀬管楽器研究所」と書かれていました。
廣瀬さんはここで暮らしながら木管楽器オーボエのリード(楽器に用いられる薄い板。振動して音源となる)を制作しています。
奏者からリード制作へ
廣瀬さんは北海道釧路市の出身。
オーボエ奏者を目指して札幌市の大学に進学しました。やがて奏者ではなく楽器の改良や部品を作る方に興味を持ち、その道を目指します。その後、住まいを神奈川県横浜市に移し2015年に「廣瀬管楽器研究所」を設立。リードの制作や販売を行ってきました。
リードの材料を育ててみたい
横浜市で暮らしているときから、都会にずっと住み続けるつもりはなかったそう。
結婚を機に自分の故郷である北海道か、妻の故郷である香川県丸亀市かに移りたいと思っていました。
また、リードを制作するうちにその材料である暖竹(だんちく 学名Arundo donax)から自分の手で育ててみたいと考えるようにも。
暖竹はイネ科の多年草で日本では湿地帯でよく見かける植物です。
しかし、自生している暖竹は水気を多く含んでいるため茎の組織の密度が低く張りがなく、リードには使用できません。リードの材料は南フランス産の地中海性気候で育てられたものが主流になっています。
ご縁に恵まれてさぬき広島に移住
そんな中、妻の祖父母の出身地であるさぬき広島に訪れ、栽培するなら「ここだ」と感じたそうです。
温暖で雨が少ない香川県は、まさに暖竹の栽培に適していたのです。
しかし「住む家を探すのは難しいだろう。」と移住は数年計画のつもりでした。
ふと妻の祖父の畑を見に行ったときに出会った方から自治会長を紹介してもらい、今の家が借りられることに。
ご縁に導かれるように2017年6月に移住。島内に畑を借り、その年から暖竹の栽培もはじめました。
リードに適した材料づくりに試行錯誤
畑では30株の暖竹を栽培。
「1株から何本も生えてきますが、リードの太さに適したものを選んで、残りは間引きをしています。」
「水のやり方、肥料のやり方で茎の太さ、密度、節の長さを調整しているんですよ。」
2年目の暖竹を刈り取り、2年間乾燥させて、ようやくリードが作れる材料になります。
1年目は思うような節の長さが取れなかったそうで、今年生えた暖竹が使えるのは3年後。
廣瀬さんの背丈をも超える暖竹の1本1本を確かめながら、愛おしそうに話してくれました。
移住して驚いたこと
「まず瀬戸内海に島々が浮かぶ景色に感動しました。多島美っていうんですよね。」
そして魚や果物の違いにも驚いたそうです。
「北海道の魚は脂身が多いんです。瀬戸内海の鯛などの白身魚がおいしい。イイダコもはじめて食べました。」瀬戸内の魚をすっかり気に入ってくれたよう。
小さいころから時代劇が好きだった廣瀬さん。住んでいた辺りには時代劇に出てくるような日本瓦の家がなかったそうで、丸亀市に来て日本の原風景を見たようだったと語ってくれました。
さぬき広島で好きな場所
「王頭山からの江の浦港の眺めが気に入っています。」
家のそばに王頭山の登山口があり、1時間程で登山ができるそうです。頂上は砂漠のような砂地にコロコロと丸い大きな石が並ぶ不思議な風景。その隣の心経山はごつごつした岩肌と絶壁で、廣瀬さんいわく「ミニチュアのフィヨルド」のよう。
「運動がてら島内の山に登ったり、昔の神社の参道を発見することが楽しみの一つです。」
風の音や鳥のさえずりが心地よい一室で、静かにリードを制作する廣瀬さん。
さぬき広島から材料から栽培した日本産リードが生まれるのは、もうすぐです。